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言葉への批判

遺憾

という言葉の、“憾” には

恨み

という意味があるのだそうです。つまり、遺憾とは恨みを残すという意味なのだとか。

冥福

という言葉にも、一般的に使われている意味とは全く逆の意味があって、そちらが本当なのだとか。
個人的には、

どうでも良いじゃないの

と思うのです。問題はそんなところにはないのです。
最大の問題は、意味も分からないけど、

何となくこれがしっくり来る

という根拠程度で、人前で話すことです。
何か悪いことがあれば、

「遺憾です」

人が亡くなれば、

「ご冥福をお祈りします」

な?んも考えてないけど、なんとなく大人っぽくてイイ感じ。
ただ、それだけのことです。

書店に行けば、ビジネスレターの書き方だとか、

定型文集

なんてものがズラズラとあります。
定型文集の空欄部分に、自分と相手の名前を入れて、それを読み返して、

「う?ん、立派な感じ」

なんてので良いのかな。
20代の頃は誰もが体制批判なのに、30代になってくると、

それらしい、ふさわしい、大人な感じ

の文章をわざわざ探して、

これで正しいのかな?

ということに最も気を使って文章を書くようになります。
正しいか正しくないかより、伝えたいことが伝わるか伝わらないかが大切なはずなのです。

そして読む方も、物知り顔で、

「物知らないなぁ?。この時期はこれこれ、こういう時は、これこれの書き出しじゃなきゃ」

と得意になっている。
でも、人が死のうが、不正を謝罪しようが、

その文面の正しさばかりを気にしている

のだとしたら、そんな言葉はいりません。

「日本語は死にかかっている」  林望著  ISBN978-4-7571-4190-2  NTT出版

を読んでいます。
この方の批判の仕方はあまり共感できませんが、書いてる内容には納得できました。

テレビがとても嫌いな方のようで、テレビ派生の言葉を徹底的に批判されています。
僕は、言葉は常に変化していくから、流行言葉の中でも、

「へ?、上手いこと言うね」

という表現を見つけることもあり、若者言葉やテレビ言葉が全て悪いとは思いませんが、

体裁優先の言葉

への批判は、素直に受け止めて直していきたいと思いました。

こんな記事もあります。

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