格差格差って言うけど、格差社会って誰が作っているのでしょうか。
日本の文化の中で、
会社の社長は“偉い人”
と表現したり、
政治家を“先生”と呼んだり
この言葉が格差社会を作り出しているのかもしれません。
偉い人というのは、自分と比較して上であることを認める表現です。
先生先生とへりくだるのも同様に。
でも問題は、会社の社長は偉い人なのか? という問いです。
そんなもん、偉くも何ともありません。
大会社の雇われ社長だろうが、創業者だろうが関係ありません。
親として子供に対して、絶対にしてはいけないことは
「あの人は偉い人なんだよ」
「あの人は偉い先生なんだよ」
という教え方です。この教え方、イメージ付けが、格差社会の根拠になります。
会社の社長は偉いのではありません。
社員全員で稼いだお金の使い方を決める、極めて責任が重い人なのです。
政治家は、偉い先生ではありません。
有権者の代理で、みんなのお金の使い方を決める、責任重大な立場なのです。
例えが分かりやすいように社長と政治家になってますが、サラリーマンで高給取りだったとしても、偉くも何ともありません。みんなのお金(会社のお金や税金)を、
「オレの金!」
みたいに浪費している人達を見て羨み、「格差が広がっている」 とか言っていたらミジメなだけです。
ただ、責任によって取り分が変わってくる、属する組織によって、額が増えたり減ったりする、
それだけのことです。
他人が良い生活をしているように見えるかもしれませんが、実はそれほど良くもない。(良い人もいるかもしれないけど)
僕の知り合いで、自分の持ち物全て担保に入れて、何億も銀行から融資を受けて事業をしている人が沢山いますが、僕は見ているだけで息が詰まってしまい、夜も眠れない気分になります。でも、その方達は一見 「へへん!」 みたいな顔しています。その実、よくよく話を聞いてみると、「夜眠れない・早朝に飛び起きる」 という毎日です。
そして、社員からは 「社長太らすために働きたくない」 なんて声も。 (笑)
孤独ですね。
例の音楽プロデューサーもそうですが、見た目以上にみんな結構苦労しています。他人のもらっている給料の額だけを自分と比較して「格差」というのなら、その責任を一度体験してみると、
「こんなの、お金もらったってやりたくね?!」
と、意外に幸せになれるかもしれません。
しかも、高みに登れば登るほど、しくじったときの落下距離は伸びます。
これもまた例の音楽プロデューサーが当てはまります。
今まで目立った分、どうしてもプラスアルファがついてしまいます。
格差格差と意識するのではなく、今自分が果たすべき責任をしっかり地道に果たしていく方が大事です。
もらった額で自分を卑下したり、卑屈になったりすることで、自分自身で格差が広がっていることを強く認識する、言ってみれば予言行動に近いと思います。もし、
責任ゼロで、良い生活
を望むのであれば、この地球に居場所はありません。
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