英語のリスニング教材の宣伝で、
聞くだけ
なんてのがあります。同業者として、この金儲け根性にはほとほと呆れ、かつ、宣伝広告で恥ずかしげもなく吹聴すれば、それにダマされてしまう人が大勢いる、ということに憤るところ。
ですが、ビジネスの世界では、勝てば官軍とばかり、
「いかに消費者をそそのかすか?」
などということが議論されるわけです。
まあ、それはよしとして、なぜ聞くだけでは駄目なのか?という疑問にストレートな説明をしてくれることばが、
「礼記 らいき」
という、経書の中にあります。
心ここに在らざれば、視れども見えず。
これは、どの感覚においてもいえることです。
聞くこと、視ること、全て同じです。
人間の感覚のキャパシティーってそれほど多くはありません。
目なら、視たところ、視ようとしているところ以外は、全て
背景
になります。音は、聞こうとして聞いていなければ、それはアンビエント、つまり環境音の一部でしかなくなります。
僕の家で言えば、24時間の強制換気システムの換気扇は24時間回っていますから、その音は気になりません。パソコンのファンもずっと鳴ってますが、聞こえません。
音楽をかけていても、いつの間にか忘れてしまいます。
「あ、そういえば音楽かけてたんだ」
と、休憩する段になって思い出すのみ。
これがヒト、これが人間の機能です。
やろう!
と思わないことは、出来ない。
ただ、商売的に言えばこういうことを言わないで、
簡単です。
誰でも出来ます。
寝てても出来ます。
今のあなたは何も変わらなくても大丈夫。
勉強なんて、しなくても大丈夫。
ということを言っていた方が良いんですよね。
そして、そういったものが実際買われているという一面もあります。
なのに、一方で、
「企業は誠実に! ウソをついたり不正をやってたなんて、最低だ!」
と批判するわけです。この矛盾に、世の中が気付くようにならなければ、業績悪化に困った企業は、
インチキマーケティング
を大々的にやりだします。
世の中に不正がはびこる一因は、世の中自身の中にあるのかもしれません。
で、ウチはというと?
なんと言われても、誰でも簡単に英語が話せるようになる、なんてウソは絶対につけません。
語学は習慣です。
もし何度も挫折してしまった経験があるのなら、直すべきは勉強法ではなくて、
習慣
だけです。
集中してやること、心を入れて学習にとりかかること。まさに、
心ここに在らざれば、視れども見えず
なのですよ。