赤福の偽装が発覚したのは、ショックでした。戦時中に、
本物の材料が手にはいらないのなら、営業を停止する
と言った社風はどこへ行ったのでしょう。
ネットが出てきたことや、“曲解された欧米式経営”が横行するようになって、日本の商習慣が激悪化しているように感じます。僕もネットオークションや、ネットショップで物品を買うことがありますが、その文面を見ると相手が見えて、げっそりしてしまう時があります。
浮かんでくる表現は、
敵対
なぜなんでしょう?
物は売りたい。
金も欲しい。
でも“売り手”として“買い手”にへりくだるのはまっぴらごめん
という感じなのです。
そういうのはプライドとは言いません。
とても卑屈な態度です。
個人なら色々な人がいるので、そういうこともあるのかなと思います。問題は業者でそんな雰囲気を漂わせている所があることです。
「あんたの思ってるとおりにはならねぇよ。こっちゃ忙しいんだから!」
という具合に、
自分の業務をやりやすくするためだけ
の条件をつけて営業しています。
僕自身も反省するところがあって、仕事を始めたばかりの若い頃は、
「お客様」
というのが照れくさいというか、わざとらしいというか、心の底から思うことができなかったことがありました。
自分達が必死になって作り上げた製品や、仕入れた製品を販売するようになってから、目の前の曇りが晴れたような気持になったのを覚えています。
アイデアを信じて作り上げた物を買ってもらえた
そんなとき、僕らの気持ちが伝わった相手のことを呼ぶのに、
「お客様」
以外の呼び方はないと実感しました。
製品を世の中に送り出すためには、
アイデアを得て
アイデアを煮詰めて
開発計画を立てて
計画を実行して
製品の原型を作り
それを量産して
その末に、初めて世の中に向けて販売努力をしていくわけです。
製品への自信を訴えていくわけです。
どこにゴールがあるか分からない、とてつもなく長い行程です。
この行程に本気になればなるほど、
買っていただけた時=認めていただけた時
感動します。
製品に自信があっても、大きな不安は必ずあります。
だから感動と同時に、感謝の気持ちも湧いてきます。
その感動を与えてくれる存在がいなければ、ビジネスは成り立たないということです。
自分で開発した製品でなくても同様です。
誰かが喜んでくれることを考えて商品を選んで、大金を払って仕入れて、それを選んでくださる人がいたら、やはり嬉しいはずです。
その気持が崩れる条件は会社の規模や経営方針によって変わってきます。
価格を下げすぎて、売れる理由が“安いからだけ”になってしまうと、
誰かが自分たちの製品を選んでくれた!
とは思えなくなります。売れても儲けがないので感謝というより面倒な手間が増えたと思ってしまう。
もはや、仕事が単なる“処理”になってしまっているのです。
または、会社が大きくなり、販売数が激増し、ある程度売れることが当然のようになってくると、やはりここでも
誰かが自分たちの製品を選んでくれた!
という“現実との接点”を失います。社員一人一人も、何のおかげで自分の生活が成り立っているのかを感じなくなり、自分の待遇ばかりを気にしはじめます。
そんな雰囲気に押されて、経営者は数字を追っかける経営に傾倒し、それを欧米式と呼び、しわ寄せを社内で処理できないため、
部外者
である外注や下請けに回していきます。部外者でなくても、身近な身内であるはずの部下や、ひょっとすると家族に対してかもしれません。
その仕組みの末端にいた場合、やはりどこかでうっぷんを晴らす必要があるため、しかたなくネットの掲示板で“ガス抜き”をして発散したり、弱者などに向かっていきます。ネットの掲示板などで言葉が荒れるところが一部存在するのは、そんな現実が理由の一つにあると思います。
安全な所から他人を罵倒したり、バカにしたりすることで、なんとか自我を保っているのかもしれません。
結果として、社会全体が利己的になっていくし、思いやりなんて言っていられる心の余裕がなくなってしまいます。
経営者のビジョンとか経営方針が大切というのは、それぞれの会社のために大切だという意味ではありません。
人は必ず仕事という形で社会に貢献します。一人一人がどこかの組織に属する以上、それぞれの組織がプライドを持って動かなければなりません。その集合体が社会なのだから、各会社の社風は部外者にとっても無関係というわけではないのです。
組織という観点に立てば、
家庭
も同様です。
そういう意味で、最近の食品関連企業の不正は
「食べ物の鮮度や安全性」
の問題だけではないということになります。
これは政治や法律や規制で変わるものではありません。
一人一人の意識を変える以外に解決法はどこにもないことは明白です。
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