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一家団欒、って会話の熱源がどこにあるかが重要

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一家団欒

って言葉を聞きますが、話しを聞いていると

あれ?それでいいのかな?

って思う時があります。
どういう時か?

「テレビを見ながら会話をしている」

と聞く時などです。
僕は会話というものの

熱源

を大切に考えています。
僕が勝手につくっている言葉なので分かりにくいかもしれません。

別の言葉で言えば、

提供された話題の出処が熱源

です。子どもが、

「今日、学校であったこと」

を話しはじめ、それについて他の家族が反応して会話が続いていく。
この会話の熱源は子どもなので、

一家団欒

と言われても納得できます。
でも、テレビを見ていて、ぽろっ、ぽろっと言った感想に短い言葉で答えるという場面での熱源は

テレビ

だと僕は考えています。
ただ、ここでテレビを消しても会話がずっと続いていくのであれば、

テレビに触発されて、熱源が家族に移った

と言えます。
熱源が「人」にあるのなら、それは一家団欒だと納得できるんですよね。
でも、熱源をテレビに頼っているのだとしたら、それはひょっとすると

一家団欒の幻想

かもしれません。
ここ一番!という肝心な時、一歩踏み込んだ話しができるかどうか。

テレビが熱源であったとしても、会話がゼロの家庭に比べれば格段に良好だと思いますけどね。

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