何かで言っていました。
「動物界で、父親が子育てに参加する種は少ない」
とか。
父親が子育てに参加することは、是非の問題ではないし、選択の余地もないことだと思います。虐待問題も多くなってきて、ここには子育てばかりになって、行き場を失った母親たちの辛い立場もあります。
好きで子供をつくっておいて!
という批判もあります。
でも、実は子育てに関わる時間の多い人ほど、この批判に対して批判的なはずです。
人間だから疲れる
当たり前です。朝といい、夜中といい、たたき起こされても、愛情いっぱいを続けられる人は、ホントの聖人だと思います。または大嘘つきか。(笑)
で、父親は何をやってるのか。
例えば、子供にスポーツをやらせるとか、勉強をさせるとか、やらせたいことはいっぱいあるはずです。よくあるのは、送迎を一生懸命にやって、応援と称した“指導”か“ヤジ”かというもので子供の心をかき乱している父親。
なんだかプレッシャーをかけるのが役目だと思っている節が。
一生懸命やっても“勝たなければ”批判の対象になるとしたら、とっても辛いです。ただのんべんだらりと“続ける”だけではこれも無意味です。やるからには一生懸命にやらせるべきだと思います。でも、スポーツをする上で、なによりも大切なのは、
練習をする習慣づけ
だということです。プロ選手になるわけでなくても、スポーツをやらせる理由は、この一点に尽きるわけです。
で、続けない子に親が、
「はよやれ!」(早くやれ)
というだけでは、これも無責任です。
一番良い方法は、子供に付き合って自分も子供と同じ時間を費やすことでしょう。でも、父親だって、やったことないスポーツを始めることだって多いです。
それなら、父親が勉強して、子供に大まかなところを教える。一緒に走る、一緒に汗をかく。ただ立って、監督然としているのではなくて。そして、教室やクラブで仕上げをするという流れの中で、子供と接すれば良いんじゃないの?
で、問題はいつまで続けるか。(笑)
僕の決意は、子供の方が上達して、嫌がられるまでです。(^_^;)
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