以前、ある知り合いの子どもに会ったとき、とてもイヤな思いをしたことがあります。
知り合いとは長い付き合いがあり、子どもも赤ちゃんの頃から知っていました。
しばらく子どもと会っていなくて、何年かぶりに再開したとき、僕の知り合いが自分の子どもに聞かせる口調で、冗談交じりで僕を侮辱するようなことを言いました。
ちなみに、こんなことくらいでガタガタ言う僕ではありません。(^_^;)
話の流れ上、どうしても自衛するような書き方になってしまいますが、自尊心を傷つけられた話をしたいわけではありません。念のため。
侮辱というと大げさですが、友だち同士で話すときは男なら誰でも口が悪くなって、冗談の一つや二つ言うでしょう。
そういうことを言われただけです。
と、前置きして・・・。
ところが、この日は状況が少し違うのです。
彼は、自分の子どもを連れてきているのです。
仲間同士でいるときに何を言おうが構わないけど、子どもに自分の友人を紹介するときは、子どもが相手に対して礼儀正しくするように躾けるのは当然のことです。それがどれだけ親しい相手だったとしても、むしろ親しければ親しいほど礼儀正しくさせるべきなのです。
僕の口から言うのもなんですが、例えば僕が自分の友人を紹介するとき、そっぴくんには、
「このおじちゃんは凄いんだぞ」
「このおじちゃんには、パパはいつも助けてもらっているんだぞ」
「このおねえちゃんは、何々で活躍してるんだぞ」
と言います。かならずその人の長所はあるから、無理矢理ひねっているわけでもありません。
そして、挨拶をしっかりさせる。間違っても、友人同士で話すときのように、
「こいつはな?、ドジなんだぞ」
みたいなことは言うべきではありません。これが、友人でなくて後輩や部下であっても、
「このお兄ちゃんは、__が上手いんだよ」
と紹介すべきです。何か、相手の良いことを子どもに伝えること。
こんな経験を積んでいく上で、子どもは大人を敬うことを覚えます。
子どもですから、ちょっと羽目を外して生意気な態度や言動が出ることもあります。
そんな時にも厳しく注意をすること。
人は死ぬまで誰かに何かを教えてもらうんだという謙虚さが必要です。
慢心、傲慢、自信過剰、自意識過剰、これらは自分の世界を狭めます。
大人を敬うというのは、その知恵を分けてもらうための儀礼のようなものです。
子どもにとって、大人は誰でも偉いんです。
自分の知らないことを知っているのです。
そして、“気に入った子” には、他人であっても色々と知恵を授けてくれたり、優しくしてくれるものです。(笑)
人情というものがありますから、やはり嫌いなタイプの子にはそれなりの接し方になってしまいます。
そこは仕方がありません。
大人を尊敬できないような子供にしてはいけません。
大人に愛される子どもに育てなければなりません。
そっぴくんもお調子者なので、よく生意気を言います。親がその生意気を、
「ウチの子は頭が良い」
とか勘違いしていたら、子どもは誰からも嫌われる子になります。
そんな子どもは、とても悲しい子どもです。
もちろん、大人の方だって尊敬に値する何かを持っていなければなりませんし、大人も子どもに対して礼儀正しくする必要があるのは言うまでもありません。
ちなみに、僕がこれらの条件を全て満たすまで待っていたら、こういう主張は生涯できません。(笑)
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