20代前半の頃、僕に会うといつも
「飯食ったか?」
と聞いてくれる友人がいました。(アラブ系移民)
僕が「食べたよ」と言っても、
「そんなのウソだろ。遠慮するな」
といいながら、母親に指示してわんさと食事を出してくれるのです。
チキンの煮込みや、中東風パンの包み焼き、カバブ系の肉料理等々等々・・・・。
その家族は父親は死去、10代の弟、妹、母親、本人も働いていて、とても生活が楽とは言えない家庭なのに、人が来ると最初に言う言葉が、
「飯食ったか?」
なのです。これは、彼の父親の口癖でもあったらしい。
食べていても食べていなくてもパーティーが始まります。
なので、一か月ほど一緒に映画を作っていた頃は、毎日その家族と食事をしました。いまでも僕が中東系の料理が大好きなのは、その家庭の味を覚えてしまったからでしょう。
彼の母親は、僕の好物が鶏肉だと知って以来「これはヒロキの分だ」といって、他の友人が来ても残しておいてくれました。ちなみに、母親は中東の文化で育ったので、10代半ばで結婚出産していたため、当時まだ40になったばかりくらいだったはずです。
人に出会って、
「飯食ったか?」
という言葉が出てくるのは、この家庭が食事に困るほどの苦労をしてきた証拠です。だから、食事ができない寂しさを知っている。
彼らは中東、具体的にはサダム・フセインの政治からアメリカに亡命してきた家族。
アッシリア人といって、既に国土を失った人種だったのです。フセインからの迫害を受け、生きるか死ぬかの恐怖を味わってきたのです(彼らはどんな気持で、フセインの処刑を見たんだろう?)。
日本人には全く理解不能な恐怖。これが、友人家族が他人に並々ならぬ愛情を感じる理由になっているようです。
彼らから見た僕はといえば、自分の国を離れて大学で勉強しているのだから、
「苦労していないはずはない」
「かわいそうだ」
という考えで、食事を出してくれていたのでしょう。
遠慮すると、母親が泣くほど怒ります。(笑)
他の友人達は慣れきって、彼の家に入るなりテーブルにつき「腹減った?!」と言う始末。でも、母親は大喜びでした。僕らはできるだけ腹を空かして彼の家に行くようになりました。
苦労をするということは、成功することに絶対的に必要なことです。苦労する過程を味わうことで、他人に対しての思いやりも出てくるのです。
他人を蹴落とす戦いだけでのし上がってきた人も、他人から見れば“成功”の部類にはいるでしょうし、苦労もしているはずです。経済的に潤っている人を成功というのですから、それは成功に違いありません。
でも、そこに待っているものは人と人の繋がりを上下で見たり、損得で見たりという浅ましいものになってしまいます。
今思うと、日本の社会って友人がひょっこり訪ねてきて一緒に食卓を囲むという場面がほとんどありません。
会社へ行き、夜遅くに帰ってきて、帰宅後は食べて寝るだけ。
アメリカでは、僕の友人達が特殊な仕事をしていたという事情もありますが、昼中から大人が集まって一緒に食事をしながら色々なことを話しあったり、特別なイベントがあるわけでもないのに、テーブルにキャンドルを立てて一緒に飲んだりすることが非常に多い。
日本人はフレンドリーで、礼儀正しいと思っている外国人は多いけど、本当の所はどうなんだろうと思います。ホスピタリティーという観点から言えば、日本はとても閉鎖的なのは間違いないです。
いまや、道であった近所の人にすら挨拶できない世の中ですから、行く末が心配です。
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