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魯山人を読んでいて思った

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iBooks を見ていたら、無料で読める本がかなりあることに、遅まきながら気づきました。

とはいえ、版権が切れた作品などは青空文庫でいくらでも読めるので、珍しい話ではないと思いますけどね。

日頃、iPad で読書は無理。

と思っていましたが、この頃やっと慣れてきたのでいろいろ物色していた中に、

北大路魯山人

の本がありました。
美食の方です。

一冊ずつがかなり短く、僕が最初に読んだのはたったの26ページのもの。

その本の内容はどうでもいいんです。
60年ほど前の、

作家・物書き

といわれる方々の社会での位置のようなものと、現在との違いを強く感じました。

文体が、やたらと横柄で上から目線。

それが当然のようになされていて、イヤミがない。
もしも今の作家がこれをやったらどうなるか?

おそらくネットで誹謗中傷の嵐です。

でも、一つ疑問が出てきました。
これは、物書きを取り巻く環境が変わったのか、物書きに問題があるのか?

環境は大きく変わったかも。
ネットにつなげばお手軽に批判を残せる場所がある。
作家と同レベルとは言わなくても、自分がイライラと頭のなかだけで思ってきたことをアマゾンなどで吐き出せば、

若干その作家の売上に影響を与える事ができる。

そういう力を読み手が持ってしまった。
加えて、読み手が“賢く”なってしまったこと。

一億総評論家

と言われて久しいですが、その通り。
何でもかんでも評論です。

例えば、歴史に関して。
研究者は、それなりに歴史をよく調べて書いていることでしょう。

でも、その見解に異議を申し立てる。
その根拠は、自分が気に入っている別の作家の本に書かれていたから、程度のこと。

あとは、

この人の書き方が気に入らない

という立場。
僕は、研究者や作家を揶揄するのが嫌いです。
自分で映画を作ってみて、あまりの大変さに、

どんな作品でも完成させてるヤツは偉い!

と思うようになったからです。
別の言い方をすれば、

恐れ多くてけなせない。

ということ。
それに、なにより、ここまでの研究をして書いていることに敬意を払う気持ちになります。
ある作家の本で、別の研究者の資料の読み方に粗がありすぎる、という批判を読みました。
こんな時でも、

なぜ、出版するような本を書くのに、そこまで穴だらけなものが世に出てしまったか?

そこに疑問がわきます。
逆にいえば、本当に穴なのか?解釈の違いなのか。

そこは、自分で研究してみないと分からないのです。

だから、批判はしないし、自分が好きな作家が言うからというだけで鵜呑みにもしない。
しょせんは素人なので、そういう視点もあるのか、という感覚以上知っても仕方がない。

正確な情報なんてない。

と、同時に、この頃の研究者も、ひょっとすると資料の研究が足りないのかもしれない。
だから、素人の知識で批判される程度のものしか書けていない、という裏があるかもしれない。

魯山人の尊大な感じは、当時の素人と知識人の知識の差が大きく、

読み手がその差を納得して、教えを請うような立場で読んでいた

そういう時代背景もありそうです。
でも、面白いですよ。
60年経っても、なるほどと思わせる内容が多いです。

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