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原爆の日はどこへ?

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若い世代に8月6日がなんの日かきいても知らない人が多いとか。

ほんとうに戦争の記憶が風化したのか、それとも他に原因があるのか?
それとも、たまたま聞いた相手がバカだったのか?

僕が子供の頃、8月になると原爆写真集の宣伝が新聞に必ずでてきて、忘れるとか知らないとかいう以前のものでした。テレビでは各局が様々な原爆特集を組んでドキュメンタリーや、インタビューを放送していました。

ウチにはアサヒグラフがあって、僕はそれが置いてある部屋に何か物を取りに入るのも怖かった記憶があります。

原爆の日はどこへいってしまったんでしょうか?
原爆の日の朝の“犠牲者に捧げるもくとう”はどこへ行ったんでしょうか?

毎年この日は、原爆投下時刻から一分間サイレンがなり、もくとうを捧げてきました。

それが現在、僕の地域ではサイレンが鳴りません。(引っ越してきて3年目)

子供の頃、サイレンと同時に外を歩いていた人が急に立ち止まり、もくとうしだしたのを思い出します。それで、僕と友だちもそこへ止まってもくとうしました。薄目をあけると、動く人は誰もいなくてみんなが汗も拭かず立ち止まっていました。

サイレンが鳴り終わると、一息ついて全てが動き出す。

それは、照れくさいことではなくて、戦争で亡くなった犠牲者のために毎年絶対にすることだと自然に受け入れていました。

これがつい二十数年前の話です。

「広島、長崎の日だけが大切なわけじゃない。東京だって、どこだって空襲があった所では多くの人が死んでいる。広島長崎だけ特別視するのは気に入らない」

という意見が以前あったらしい。
的はずれなことです。
平等にするために、全部無し!にしてしまったんでしょうか。

僕の頭の中には、着物の模様が皮膚に焼き付いてしまった女性の姿や、階段に残った人の影、三位一体の遺品などなど、忘れようにも忘れられないイメージとして残っています。早乙女貢氏の「東京大空襲」を読んで、あまりの描写に空襲の夢をみて飛び起きました。
このイメージがなぜ無くなってしまったんでしょうか?

今日のゴールデンタイムのテレビ欄見ましたか?

グルメです。
女子アナです。
釣りバカ日誌です。

広島・長崎は小さなコーナー扱いで、特番なんてありません。
どこにも平和や憲法を考える姿勢なんて見あたりません。

憲法第九条をどうのこうのとテレビでも言っていますが、視聴率が取れないから、販売部数が少ないからということで、

「まあ、原爆特集は数字取れないからね」

そういう姿勢のメディアにも問題があるのかもしれません。
自から進んで戦争の記憶をとどめようと努力する人は少数派ですから、やはりここはメディアが総力を挙げて取り組むべきことだと思います。

“もし”

戦争の記憶の風化を本気で止めたいと思う

のならですけれど。

考えてみると、ずっと以前から使命感で原爆写真集を出版していたのではなく、数字が稼げるから出していたのかもしれない、と勘ぐりたくもなります。

原爆写真集は、心霊写真本と同じレベルの「怖いモノ見たさ」を満足させる夏の風物詩のようなもの。

結局、人が考える平和ってそのレベルなのかもしれません。
自分自身に起きた事件ではないのですから。

平和がなぜ重要か?

多くの人の心の中では、

「自分の自由が戦争みたいな“よけいな物”で束縛されるのがいやだから」

どこまで行っても自分が大切です。

戦争の記憶が風化したのではありません。

原爆が売り物にならなくなってしまったのです。

いつの時代でも、世の中が右へならえで、今売れているものだけにとびついていると、本当に大切な物は失われます。それは、平和でも、健康でも、教育でも、しつけでも、ダイエットでもなんでもそうです。流行に目を奪われてはいけません。

せめて今、親になった僕らの世代からは、しっかりと子供に教えましょう。

平和を経済価値で計るような世の中が平和であり続けるはずがありません。

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