大人子供にかかわらず、何かをするのに越えなければならない線があります。
例えば習い事であれば、宣伝文句としては
「楽しく、無理なく続けられる」
という言葉ははずせません。
でも、どちらかといえば、スクール側の意向が強く出た言葉です。
「楽しくなるようにしますから、なんとか続けてください」
スクールとしては、お客さんのつなぎ止めは新規生徒獲得と同じか、それ以上に重要なことです。
でも、どんな習い事でも、上達を阻むのが
楽しさの取り違え
です。
僕はスイミングスクールに小学二年生の頃から通い始めました。
タイで水泳を覚えて、距離的には300mを普通に泳げる状態です。
2年生にしては上出来でしょう。
ところが、帰国後にスクールの開始級決定試験で組み入れられたのが、なんと
無級 (つまり、泳げない子と同じ級)
それから先は、半年の間
バタ足一筋の毎日
です。僕は泳げたのに、なぜこうなったのか?
僕は、身体の芯がグニャグニャで、バタ足の足使いに悪い癖があったため、
将来的に上達を阻む癖の除去
を優先させるというのが、スクール側の意向でした。
別の言葉でいえば、タイの水泳の先生は “浮くこと” を教えただけで、水泳の基礎がまるっきりなってないということです。(笑)
無級とはいえ、スクール自体は宣伝通り楽しかったのです。
友だちがいっぱいいて
コーチは優しくて
帰りにはみんなでアイスを食べて
バスでワイワイやって帰る
本当の目的に 付随する部分だけ が楽しい
わけです。
でも、実際の練習の部分は、思い通りに癖が取れず、本当に苦労しました。
その癖が抜けて、14級>13級>・・・・・・>9級、と上がって、
中級コースあたりになって初めて水泳そのものが楽しくなりました。
ここが越えなければならない部分です。
親の心としては、
「子供が伸び伸び楽しくやること」
は何にも代え難い価値だと思いがちですが、本当の楽しみを与えてあげようと思ったら、最初にさっさと “新しいことを始めた喜び” を味わわせて、次に
基礎部分を早くしっかり固めてしまうこと
早く固めることがミソです。
遅いと飽きます。
あまり早いと、「出来たつもりなだけ」 である可能性が高く、そういう子は伸びません。
基礎が出来ると、応用力や判断力がつきます。
身体が勝手に動きます。
判断にかかる時間が、どんどん短くなります。
分かりやすい例は、最近我が家で流行っている ドンジャラ です。
この “役” を作ることと、ルールは出来るだけ早く覚えてしまう必要があります。
ここが、“基礎” となります。
基礎のルール習得に何週間もかかったら、このゲームはお払い箱です。
つまり、飽きが早く来るということ。
この基礎部分を適当に覚えると、
低得点の役 > つまり簡単に勝てるヘボ役
を乱発することになって、ゲームの能力が伸びません。
これが、「出来たつもりなだけ」 という状態。
そして、やっぱり飽きます。
語学だろうが、スポーツだろうが、勉強だろうが、全てのことに当てはまる法則だと思います。(ただし、基礎はその道が続くまで磨き上げる必要があるので、“ここで終わり” と思わせたら良くない)
子供に習い事をさせるのであれば、親の役目は、多少の苦労と努力をさせて、
基礎の習得を徹底すること
あとは、練習自体が楽しくなるので、ほかっておけばいいんです。
習い事なんてのは、最初の2か月くらいが面白いだけ。
あとは、本来の目的に向かって 努力する楽しみを享受する子
付随するものの楽しさ だけ をむさぼる子
この大きな差が生まれます。
はい。
分かっちゃいるけど、そう簡単にはできません。(笑)
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