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新技術と学習効果の関係

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世の中には新しい技術が出てくると、それを応用した新製品が出てきます。

僕の業界でもそうですが、DSが出てこればDSを使って語学、スカイプが出てこれば、それで語学、ネット、PDAが出ればそれで語学、音声認識が出れば精度が低くても、それで語学。

なんでも語学。とりあえず語学。

当社でも無数の製品を体験研究していますが、旧製品・旧手法に新技術の皮を被せただけの、焼き直し製品が多い。中には腹が立つほどの物も存在します。

そんなとき、以前大手企業のプログラマーと話したことを思い出します。

「パソコンソフトって、バージョンアップしても根幹の部分ってほとんど変わらない。目新しい機能をつけてニューバージョンとして発表してるだけなんだよね」

これは、どこの業界でも一緒のようです。パソコンだってどんなにハード性能が上がってもOSは遅いし、処理は遅い。処理が複雑になって相対的にいつまでも足踏みしているわけです。
(参考に>> 性能至上主義 http://cobeat.sakura.ne.jp/untamed/blog/archives/96)

新技術を使う試み自体は悪いことではありません。アダルト系のエンターテイメントはITや、映像機器とは切り離せない存在で、

ビデオ技術
通信技術(電話の時代)
ネット技術(インターネット時代)

など、新しいものが出てくると抜け目なくそれを取り入れていきます。おかげで、便利なビデオデッキは安くなりました。

ただし、大きな違いがあります。

これらは消費者にとって受け身の業界

なわけです。

人が作ったものを観る

その手段が変わるだけで、受け手の能力になんら依存しません。

僕が疑問視しているのは、

学習というのは能動的な行動

であるから、

最新技術=高い学習効果

とはならない点です。

例えば、パソコンがこれだけ普及しているのです。パソコンってのは超高性能な電子計算機なわけで、それを使えば難解な数学の問題も簡単に解いてくれます。だからといって、

数学知識は不要の世界

になったわけではありませんし、

みんなが数学が得意になった

なんてことは微塵も見られません。
僕は数学が得意ではないので正しいかどうか分かりませんが、数学知識というのは、そもそも

ある事象に対して自分で法則性を見つけて
その法則を数字と記号で表す

こと。パソコンはいつまで待っても、

ある事象

を見つけてくれません。パソコンには感性がないから、物事に不思議さを感じてくれない。人間が“ある事象”を見つけて、それを解いてみようという意志を持ち、

その後の計算を正確に行う

という所に至って初めてパソコンが役に立つのです。だから、どんなに幼い頃からパソコンを使うようになっても、数学的感性を鍛えようという試みは、非常にアナログ的にならざるを得ないわけです。

技術が発達しても“学習”が人間の能動的な行動である以上、一番大切なのは

習得するための意志
続ける意志

です。だから、強い意志があれば高い達成を得られるし、弱い意志ならばそれ相応の所で足踏みしてしまうわけです。どうやら、

新しい技術が学習を助ける

というのは一種の幻想のようです。ただし、良いニュースは強い意志を持った人にとっては、何でも味方になってくれるということです。中でも“良い物”に出会えば、学習効果は倍増します。

映画「マトリックス」のように、何かの能力を脳に直接インストールしてもらえる時代が来るまで、

学問に王道無し

というのは普遍の事実だと思って自分の意志を鍛えた方が賢明です。

それとも脳に直接インストールしてもらえる時代まで待ちますか?

僕は待てません。
そんな時代が来たら、超高度な能力でさえも無価値になって、今より生きにくい世の中になりそうです。だからそこまで技術を発達させないでください、お願いします。(笑)

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