本屋で平積みにしてある本の中に
キャラがどうの
という主旨の本がいっぱいありました。
馬鹿馬鹿しいことです。
他人からどう見られるかばかりを気にして生きているなんて、それこそが自分を失っていることに違いないのです。例えば、子ども達によくある話。
「イジメにあってる子を助けると、自分もイジメられるから・・・」
だったら、逆に考えると、
「他人をイジメるような人間とでも、一緒にいたほうがいい」
ということです。
そんなヤツと一緒にいるなんて、願い下げだ!
と思えば、イジメられている子を助けるだろうし、イジメられている子に理由があるのであれば、それなりの行動になるでしょう。その場合、イジメというより、本人が他人を遠ざけているのであって、そこに信念があればイジメと呼ぶ必要はないわけです。ややこしいけど。
その子が、イジメられるのがイヤだから他人と迎合する、ということになれば、いずれ自分も誰かのイジメを黙認することになる。
相手の強さ、立場、ステータスを見て、空気を読んで、その場を乱さないようにする。
まさにイジメを生む構図です。
馬鹿馬鹿しい。
だから、どこまで行ってもイジメは無くならないわけです。
いいじゃん、一人でも。
ただし、キャラを気せず我が道を行くことと、マナーや礼儀を重んじることとは違います。マナー違反や、失礼で阻害されるのであれば、そこには “自分らしさ” なんて理屈は通用しません。
子供達には、
時には孤立してしまうことも仕方がない
信念曲げて迎合するよりマシ
という価値を与えておけば、ひとりぼっちを極度に怖がって、仲良くしてもらうためになら尻尾でも振るなんて卑屈な態度にならなくてすみます。
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